目覚めてすぐ、あるいは仕事や家事の合間に、はたまた食後のひと時に…コーヒーでほっとひと息。今やコンビニエンスストアで手軽で本格的なコーヒーが楽しめる時代だが、心を込めて淹れる一杯には目に見えない大切な何かがある…。今回は、人と人をつなぐコーヒー豆のセレクトショップを作った、あるご夫婦のお話。

コーヒーを淹れる楽しみと喜び 一杯に徹底的にこだわる時代

全自動やカプセル式のコーヒーメーカーの手軽さは魅力的だが、人が丁寧に淹れてくれた一杯には格別な“何か”がある。

アメリカ西海岸発祥の「サードウェーブ」が世界中を席巻して以降、日本でもコーヒーの楽しみ方が変化した。大量生産・大量消費・インスタントが主流の「ファーストウェーブ」、シアトル系のコーヒーチェーン店が流行した「セカンドウェーブ」。そして、現在は一杯のコーヒーにこだわって、豆の産地や生産方法、流通経路に着目し、淹れる方法まで追究する「サードウェーブ」がトレンドだ。こう書くと、何やら面倒だと思われるかもしれない。そうではなく、コーヒーを取り巻く環境が変化し、一杯ずつ丁寧に「コーヒーを淹れる」あるいは「コーヒーを淹れてもらう」という行為に楽しみや喜び、意味が見いだされている。

全国で人気の焙煎所から届く スペシャルティコーヒーの豆

店は『道の駅すいかの里 植木』から車で約1分の住宅街にある。白壁に鮮やかな青色のサンシェードが目印。

その影響で、近年、品質にこだわる焙煎所やコーヒーショップが増えている。熊本でも今年5月、熊本市北区植木町の深迫祐一(ふかさこ ゆういち)さん、祥子(さちこ)さんご夫妻がコーヒー豆のセレクトショップ『Calmest Coffee Shop(カーメスト コーヒー ショップ)』をオープンさせた。同店の最大の強みは、『Paul Bassett』や『Fuglen Coffee Roasters』など全国で人気のロースターカフェ12店から届くスペシャルティコーヒーの豆が購入できること。深迫さんいわく、これほど有名店の豆が揃うのは、全国的に見ても珍しいとのこと。豆は浅煎りから深煎り、デカフェ(ノンカフェイン)が選べることはもちろん、深迫さんご夫妻やバリスタの渡邊最愛(わたなべ まな)さんと相談しながら自分好みの豆を探すことができる。

バリスタの渡邊さんが丁寧に淹れるコーヒーが特別な時間を演出してくれる

また、4種類の試飲も用意されているので、じっくり自分の好みと向き合うことができる。この日のラインナップは『Fuglen Coffee Roasters』のケニアとホンジュラス、グアテマラ、そして『Calmest Coffee Shop』のオリジナルブレンド。フルーツのような酸味を感じるものや、キャラメルに似た香りのものなど、それぞれ、香りも味も全く異なる。祐一さんは「深く考えずに、好きか嫌いで選べばいいんですよ」とにっこり。「自分が飲むものだから、自由で、多様でいいと思うんです」。

店内ではハンドドリップコーヒーのほか、エスプレッソやラテの注文ができ、コーヒーに合う焼き菓子やチョコレートも販売している。
コーヒーの香りは好きだけど苦味はあまり…という方もご心配なく。甘いカフェオレが作れる希釈用コーヒーも取り扱っている。

息子が抱いていた夢を形に コーヒーがつなぐ人の縁

シェアロースターの使用料は1時間2000円~(1kgタイプ、ガス・電気代含む)。生豆の購入と焙煎指導は別途相談を。

『Calmest Coffee Shop』のもう一つの特徴は、九州ではまだ珍しいシェアロースターサービスを行っている点にある。シェアロースターとは、ロースター(焙煎機)を時間貸しすること。ロースターは1kgタイプのフジローヤルと、5kgタイプのプロバットがあり、焙煎方法のレクチャーを受けることもできる。豆は持ち込みも可能で、自分が飲む豆を焙煎するためだけでなく、焙煎豆を販売するために利用することも可能だ。

東京で働いていた時の忍さんの写真。傍らには、事故に遭う直前に焙煎したコーヒー豆が飾られている。

この取り組みについて祐一さんは「息子と同年代の若い人たちが夢を育てる様子を近くで見ることができて、力をもらえる気がする」と話す。実は、この店は昨年7月に不慮の事故で急逝した長男の忍さんが開店を計画していたものだった。
祥子さんいわく「幼い頃は甘いカフェオレが好きだった」という忍さんは大学進学を機に上京し、学生時代に立ち寄ったコーヒースタンドでドリップコーヒーのおいしさを知ってたちまち夢中に。コーヒーショップでのアルバイト経験を経て、大学卒業後に焙煎士として『Fuglen Coffee Roasters』に就職した。事故は、30歳になるのを機に帰郷して両親と店を開こうとしていた矢先のことだった。

忍さんは、バリスタ世界チャンピオンのエスプレッソカフェ『Paul Bassett』(東京都)でも焙煎を任されていた経験を持つ。(写真は忍さんが生前に着用していた『Paul Basset』の制服)

深迫さんご夫妻は忍さんを亡くした悲しみも癒えない中、忍さんと交流があった全国のロースターカフェの協力を得て『Calmest Coffee Shop』をオープンさせた。開店日の5月7日は忍さんの誕生日。「息子の遺志と夢を引き継ぎたい」という一心だった。屋号の“Calmest”は“Calm(穏やか)”の最上級形容詞。「訪ねてきてくれた人の癒しの場となれたら」という思いを込めた。収益金は全額、事故・犯罪の被害者支援のために寄付するという。
今、店にはさまざまな人が訪れている。コーヒーが好きな人、コーヒーを好きになりたいと思っている人、コーヒーに関する夢を追いかけている人、そして、大切な誰かを亡くした人…。一粒のコーヒー豆、一杯のコーヒーを介して、この場所で人と人がつながっている。忍さんがそっと抱いていた青写真は深迫さんご夫妻の手で形となり、ゆっくりと続いている。

DATA

Calmest Coffee Shop

[所在地]熊本市北区植木町岩野802-3
[電話番号]090-4487-0852
[営業時間]11:00~19:00
[定休日]水曜
[ホームページ]「Calmest coffee shop」のホームページはこちら(外部リンク)
[Instagram]「Calmest Coffee Shop」のインスタグラムはこちら(外部リンク)

焙煎所ではスケールやグラインダー、ポットといったコーヒーに関する道具も購入可能