阿蘇市一の宮にある「阿蘇神社」は熊本地震の本震で震度6弱の大きな揺れを観測し、境内の社殿のほぼすべてに甚大な被害を受けた。現在は多くの人の力を借りながら復旧工事を進めている最中で、威風堂々とした楼門や拝殿の姿は、今はまだ見ることができない。神社の復興は、この地域の未来にどんな意味を持つのだろう––。さまざまな立場で復旧に携わる人々の話を聞くと、それぞれの胸に静かに宿る、“阿蘇への思い”が浮かび上がってきた。

文化財の楼門や拝殿は全壊… でも “お宮さん”が地域を守ってくれた

地震後の様子(提供:阿蘇神社)

熊本地震から4年が経つが、今なお、阿蘇神社の“本来の姿”は失われたままだ。

現在の社殿は江戸末期に再建されたが、熊本地震により「日本三大楼門」のひとつともいわれる高さ18メートルもの楼門が全壊した。

4月14日の前震には耐えたが、16日の本震により、拝殿や国の重要文化財である楼門が倒壊。 写真は楼門が解体されている様子。平成29年9月に撮影。(提供:阿蘇神社)

楼門以外の神殿をはじめとする国指定重要文化財5棟は、平成31年3月をもって復旧を完了。

現在は倒壊した楼門の組み立て工事と、重要文化財以外で全壊となった拝殿・翼廊(よくろう)の再建工事を慎重に進めている。「復旧は、単にモノ(建物)を元通りにするという話ではない」。同神社の文化財担当として復旧に関わる権禰宜(ごんねぎ)の池浦秀隆(いけうらひでたか)さんは、静かに語り始めた。

向かって正面奥の建物の中に工事中の楼門がある。令和2年6月には素屋根を完成させ、令和3年1月から組み立てに入る予定という。

神社の復旧に、どれだけの人が関わり、どんな道のりを歩んでゆくのか。それはまだ誰も経験したことがないことだった。だからこそ池浦さんは、“復旧の過程”を地域の方だけでなく全国の方に丁寧に報告し、神社の役割や、郷土意識の醸成を意義づけていくことを意識したという。「阿蘇神社は、文化財の復旧・復興という観点からも、注目されている場所のひとつ。大災害を受けたことで、改めて神社の役割を考えるキッカケになりました」。これほどの被害を受けながらも、門前町商店街界隈の建物は、目に見える被害が少なかったことから、“お宮さんが身代わりになって地域を守ってくれた!”。––そう話す地域の人もいる。「実際、そんな風に言ってくださる方が多いですね。元々神社は自然神を祀(まつ)る場所ですから、皆さんに少しでも自然とどう向き合うべきかを考えてもらう取り組みは続けていきたいと思っているんです。拝殿がなく、テントや仮設の建物を使ってでも祭りを続けてきたのはそのためです。」

阿蘇神社の権禰宜であり、文化財を担当する池浦秀隆さん。 「復旧の過程を丁寧に報告し、意義づけていきたい」と語る。
毎年、1年の半分になる日(6月30日)に行われている“大祓式・茅の輪神事”の様子。熊本地震があった平成28年はテント内で行われた。(提供:阿蘇神社)

復旧は間もなく折り返し地点  丁寧に心をこめて“復興”へと

「まだ道半ば。折り返し地点を目指し復旧に取り組んでいきます。」と話す「文化財建造物保存技術協会」の石田陽是さん(左)と大川畑博文さん(右)

九州最大の規模を誇る楼門は、令和5年度の完了を目指し、修理を進めている。震災直後から、重要文化財の保存修理に関わってきたのが「文化財建造物保存技術協会」の方々だ。所長の大川畑博文(おおかわばたひろふみ)さんと技術職員の石田陽是(いしだあきよし)さんは、楼門が倒壊した状態で現地入りした。写真や設計図が残されておらず、修理に行き着くまでの、いわば“前段がない”状態だったという。まずは、破損の状況を一つひとつ見ていくところから調査は始まった。

「文化財の復旧は “多分こうだっただろう…”という推測では進められません。ちゃんとした根拠を積み上げて、正確に、元の通りに戻すことが求められます」と大川畑さん。ベテランの大川畑さんでも、全壊した神社の保存修理に携わるのは初めてだったという。現在進められている楼門の作業は、これから佳境を迎える。「復旧はまだ道半ば。令和3年1月から予定している楼門の組み立てが始まれば、いよいよ折り返し地点に来たなという気持ちでまだまだ気が抜けません」。

写真は「三の神殿」蟇股(かえるまた)内の彫刻復旧の様子(上)と復旧完了後の写真(下)。(提供:阿蘇神社)

一方石田さんは、阿蘇神社が初めての現場配属になったフレッシュな技術職員だ。膨大な知識と確かな経験が必要とされる文化財修理の現場で、汗をかきながらも、柱や束に残された古の木造建築が与えてくれるメッセージや、宮大工の技術に感銘を受ける。「災害を受けて、本来の形が失われてしまったのはとても悲しいことです。私たちは急いで作業を終わらせるというよりも、 じっくり丁寧に、心をこめて復旧を進めたいと思っています」とまっすぐな目で話してくれた。

現在、5つの重要文化財の保存修理工事は完了。毎月、阿蘇神社のホームページ内では工事内容の報告が更新される。

 


“地域産材”や“学校林”の利用が 神社復旧の鍵に

阿蘇中央高校の演習林は拝殿と鳥居の2箇所に使われる予定。 写真は、鳥居用に使用される製材前のスギ。(提供:阿蘇神社)

地域を守る神社だから、地域の人の手によって、大切に受け継いでいきたい。そんな決意を感じさせるエピソードを紹介する。

拝殿工事は国の指定寄付金制度を活用することで進められており、当初は外国産材(米ヒバ)を使う計画が進められていた。しかし、県産木材の利活用や林業就業への意欲向上などを目的に、 “地域産材を活用してはどうか”と県阿蘇地域振興局林務課が提案した。さらに、地元で林業系学科のある阿蘇中央高校と連携し、演習林材の活用も提案した。当初の計画から変更するのは容易ではなかったが、神社や設計事務所などと打ち合わせを粘り強く重ね、地域産材を使用することが決定した。そこで、高校や市場などから原木を調達し、製材した木材を神社に供給するといった実務の中心を担ったのが「阿蘇森林組合」の方々だ。拝殿に必要な木材は約300㎥。結果として、ヒノキやスギを中心に、阿蘇産材を含む県産材活用が80%の見込みと、地域産材の活用割合を大きく引き上げることができた。

「阿蘇森林組合」の矢津田明文さん(左)と徳永浩文さん(右)

 誇りと熱意をもって、“地域産材”の伐採や製材に奔走した。

「阿蘇といえば、阿蘇山や阿蘇神社が地域では象徴的な場所だと思っています。組合としてこういう仕事に携われたことは誇りです。本来であれば、木材を調達するだけでも数年かかる大仕事ですよ」とにこやかに語るのは、森林組合の矢津田明文(やつだあきふみ)さんと徳永浩文(とくながひろふみ)さんだ。

 

安全祈願祭の様子。阿蘇中央高校の卒業生も駆け付けた。(提供:阿蘇中央高校)

阿蘇外輪山にある阿蘇中央高校の演習林は、地域の方にとっても思い入れの深い場所だ。高校で行う実習は、枝打ちなどの管理が主。そんな中、学校創立当初から長年受け継がれてきた樹齢100年を超える一部の木は、管理を続けていたものの、最終的にどうするかは決めていなかったという。「今回改めて演習林を見渡しました。すると、神社復旧の材料としてこれ以上ないものがあったのです。直径1メートルを超える木の伐倒を目の当たりにして、しかもそれが阿蘇神社の復旧の重要な鳥居の柱になるということは、この場所に関わってきたすべての人々の思いが紡いできた誇りだと感じました」と語るのは阿蘇中央高校の卒業生であり、教員を務める早瀨寿樹(はやせとしき)さんだ。そして拝殿用に使われる演習林材は、節の少ないヒノキ50本が使用され、復旧工事全体の1割弱をまかなうことになった。

平成31年2月。演習林で挙行された安全祈願祭には、“数十年ぶりに林に来たよ”と嬉しそうに語る卒業生の姿もあったという。

「地域や同窓生を巻き込んで、過去に例のない伐倒の儀式を執り行うのは大変でしたが、そこから派生したたくさんのご縁は、代え難い財産となっています」と振り返る阿蘇中央高校の宮下勇(みやしたいさむ)さん(左)。早瀨寿樹さん(右)は、同校のOBでもあり、自身が高校生のときに管理していた山の木が使われた。

「神社の復興は、私たち(神社側)だけで完結する話ではないのです」と阿蘇神社の池浦さん。静かな森林に生きてきた木の年月が、じっくり年輪として刻まれてきたように、神社の復興を目指し動く地域の人々の気持ちもまた、この地で輪のように重なり続けていくのだ。

DATA

阿蘇神社

[所在地]熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1

[電話番号]0967-22-0064