みんなが笑顔になるように、活力に満ちたまちづくりにと、県内各地で奔走する若者たちがいます。そんな“元気で明るい熊本をつくるひと”の日々をご紹介するシリーズです。今回は、生まれ育った山鹿のまちを、人々を元気にしようと活動する中村 京(みさと)さんの活動をご紹介します。

地元と交流して見えたさまざまな課題

豊前街道を案内する地元の人々ために開催された勉強会。八千代座で会議を開き、参加者の意識向上を目指した

観光客の方々に休憩所として利用してもらったり、観光パンフを配布。傘や車椅子なども配置し、利便性を向上した

 古くには熊本城下と豊前・小倉をつなぐ参勤交代路として栄えた山鹿市の豊前街道。宿場町として栄えた当時の面影を今も街道沿いの町並みにとどめています。今も地域に残る古民家を通じて、山鹿を元気にと活動しているのが、中村 京さんです。山鹿に生まれ育ち、ふるさとへの思いを胸に、“自分にできること”を模索し、一つずつ形にしてきました。

 「大学時代から地域おこしに興味があり、地域学を学びました。地域活性化の成功例を調べていくと、必ずキーマンが存在していました。山鹿や高森など地域に関わりながら、どうしたらそういう人材を見出すことができるのかについて卒論をまとめ、スタートしたばかりの豊前街道を核としたプロジェクトに携わったことが、今につながる第一歩になりましたね」と、中村さんは当時を振り返ります。

 周遊を促すツール制作と併せて、街道沿いに観光の核となるようなオープンスペース「ぶらぶぜん」(まち歩き案内所)を設けたプロジェクトで、中村さんは施設スタッフとして駐在。そこで地元の人々と深く交流するようになり、見えてきたものは、地元山鹿が抱えるさまざまな課題でした。

豊前街道の古民家でまちおこしスタート

ワークショップで改装した昔ながらの土壁。呼吸するように調湿する土壁には、風土から生まれた文化が息づいている

古民家を金灯籠のパーツを作るワークショップの会場として提供。のりしろのない擬宝珠(ぎほうしゅ)づくりなど、山鹿古来の文化に触れる機会に

 平成26年、山鹿市が地元の若い世代の意見を聞こうと開催した「山鹿わかもの会議」に出席した中村さん。そこで浮かび上がった「古民家を生かしたまちづくり」や「移住定住のアピール」などの課題解決に向けて、参加者有志が集い、具体的な取り組みが始まりました。

 その一つが、古民家を使った拠点づくり。補助金を活用して、明治時代のみそしょうゆ蔵を借り上げ、活動の核となる場所をつくることからスタートしました。中村さんは若手有志とともに室内のリフォームもすべて手作り。古材をもらってきて、一枚一枚丁寧に壁を張り、床にコンクリートを流し込み、土壁は小学生にも参加してもらおうとワークショップを開催して、一緒に塗り替えていきました。

 古民家を地域の人々に開放する一方で、「ヤマノテ」というコーナーを設け、山鹿で造られる工芸品やアート作品を集めて展示販売なども行っています。

 「山鹿で暮らす人々の手仕事を、地元の人に知ってもらいたいと考えています。伝統工芸も、新進作家の作品も、時間と手間を掛けて作り上げたもの。その目に見えない文化と本物のよさを伝え、豊かな暮らしを提案していきたいですね」。

目に見えない山鹿の文化を届ける

ワークショップには、夫の潤弥さんが講師として参加。街道沿いに工房と中村さんが運営する「ヤマノテ」の新店舗を現在準備中

擬宝珠や台座などの金灯籠の各パーツをつるしたモビールは、モダンなイメージ。人の手が作り出す美が、全国の人々の共鳴を呼んでいる

 豊前街道沿いに残る風情あふれる町屋は、一軒の間口が狭く、奥に長い造りが特徴で、何軒も連なる長屋です。現在では空き家になっていたり、シャッターを下ろしたままの町屋もあり、その活用をどうするかが大きな課題となっています。

 「町屋は貴重な歴史遺産ですが、課題も多いですね。活用するにはリフォームに膨大な資金が掛かるケースや、商売を止めたものの、店舗の奥が住まいになっていて、ほかに玄関がないため貸し出ししにくいという町屋特有の事情もあります。最近では“古民家暮らし”が注目され、ニーズも高まっていますので、問い合わせも多い。希望の家屋をヒアリングしてよりよいマッチングができるように、各専門家と手をつなぎ進めているところです」。

 縁あって灯籠師である潤弥さんと結婚した中村さんは、山鹿の伝統工芸品である金灯籠のパーツを使ったモビールを開発。「山鹿灯籠の歴史や工程を通して、目に見えない“山鹿の営み”に触れてほしい」という思いを込めました。

 人とモノをつなぐ、中村さんの“山鹿づくり”。地域の人々の笑顔を原動力に、一歩ずつ歩き続けます。

>>ヤマノテ ―山鹿の手のもの、てんこもり―