どこに行きたい!?読者が選ぶ熊本の歴史人さるき

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読者のみんなが選ぶくまもとの魅力をご紹介!

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オススメ1加藤清正
“築城と土木の名手”ゆかりのスポット

熊本城

加藤清正といえば“築城の名手”。清正公が造った熊本城と城下町には、随所に敵の侵入を阻む仕掛けが施され、実戦を想定した緻密な造りを今も見ることができます。また、 “土木の神様”とも呼ばれ、川から田畑へ水を引くための堰や用水路を整備し、“水の都・くまもと”の礎を築きました。工事の際には清正公を慕う農民たちが、自ら手を挙げて集まったというほど、民に愛された名君でした。

  • 清正公が眠る「本妙寺 浄池廟」(熊本市)。境内の「宝物館」では、甲冑や刀、書などを見ることができる。

  • 農業用水施設「鼻ぐり井手」(菊陽町)。阿蘇の火山灰土が底に溜まるのを防ぐ工法で、今なお現役で活躍中。

  • 「平山温泉」(山鹿市)へ湯治に訪れ、あせもを治したという清正公。とろりとした温泉がお気に入りだった!?

オススメ2細川忠利
“肥後細川藩の名君”ゆかりのスポット

水前寺成趣園

加藤家改易の後、肥後熊本藩を治めた細川家初代藩主・細川忠利。熊本城に入城する際には、清正公の位牌を掲げ、本妙寺に向かって拝礼したと伝えられています。その政治力で徳川幕府の信頼を得て、54万石の大大名となり、藩の安定を築きました。天草・島原の乱では戦地に赴き武功を立てるなど、武道を尊んだ忠利公は文人でもあり、「水前寺成趣園」といった、文化的な足跡も残しています。

  • 忠利公の菩提を弔うために建立された「妙解寺跡(北岡自然公園・熊本市)」には、歴代藩主と妻子の墓が鎮座している。

  • 水運の拠点・川尻(熊本市)を肥後五ヶ町の一つに定め、重んじた忠利公。現在も船着場や米蔵の跡が残されている。

  • 忠利公が毎年新鮮な落ちを楽しんだという「甲佐のやな場」(甲佐町)は今も健在。6~11月初旬まで味わえる。

オススメ3宮本武蔵
“文武両道の剣豪”ゆかりのスポット

霊巌洞

細川忠利公に招かれて、熊本で晩年を過ごした宮本武蔵。書画や茶道、禅にも通じ、忠利公に忠誠を尽くしました。主君亡き後、寛永20年(1643年)に霊巌洞で「五輪の書」を書き上げ、その2年後に逝去。死後も参勤交代の行列を見守りたいという遺言の下、甲冑姿で立ったまま、豊後街道沿いの「武蔵塚」(熊本市)に葬られたとも伝えられています。

  • 武蔵が眠るとも伝えられる「武蔵塚」の周辺は、現在「武蔵塚公園」となっており、春にはツツジの名所としてにぎわう。

  • 忠利公は、武蔵を「山鹿温泉」(山鹿市)に招待。“風呂嫌い”といわれた武蔵も、この時ばかりは温泉を満喫した!?

  • 武蔵が描いた水墨画などの書画や武具などが展示されている「島田美術館」(熊本市)。武蔵ファンならずとも必見。

オススメ4天草四郎
“天草・島原の乱の指導者”ゆかりのスポット

天草四郎陣中旗:天草キリシタン館所蔵

神童とわれ、16歳にして「天草・島原の乱」総大将として一揆軍を率いた天草四郎。キリスト教弾圧と大凶作に苦しむ天草の人々と共に、舞台を大矢野から天草、島原へと移しながら、幕府軍と戦いを繰り広げました。「原城」(南島原市)籠城の折に掲げられていたという「天草四郎陣中旗」(天草キリシタン館所蔵)には当時の血痕、刀や槍の傷跡が残っており、戦いの激しさを物語ります。

  • 湯島(上天草市)は別名「談合島」と呼ばれ、天草・島原の乱の際、首謀者たちがここに集い、作戦を練り、武器を鋳造したという。

  • キリシタンの歴史や南蛮文化の伝来、天草・島原の乱などの遺産や歴史資料などを展示。「天草四郎陣中旗」は国指定重要文化財。

  • 天草市を一望する丘の上で静かに眠る殉教者たちの聖地。「城山公園キリシタン墓地」には「殉教戦千人塚」も祭られている。

オススメ5北里柴三郎
“日本細菌学の父” ゆかりのスポット

貴賓館

ペスト菌発見や破傷風の予防・治療法を開発した細菌学者・北里柴三郎。細川藩の藩校・時習館から熊本医学校に学び、医学の道を志しました。私財を投じて伝染病研究所を創立するなど、感染症の予防・治療の研究に尽力。黄熱病の研究で知られる野口英世ら優秀な門下生を育成するなど、近代日本に予防医学の礎を築きました。静かな山里・阿蘇郡小国町には、今もその生家と居宅が佇んでいます。

  • 小国杉の大木を用いて造られた「貴賓館」。大正5年(1916年)の落成式には北里も参列し、数日を過ごしたという。

  • 総庄屋の家に生まれた北里の生家の一部が、現在も保存されいる。その整備には北里研究所や北里学園が尽力したといわれる。

  • 大正5年に故郷の青少年へと北里が作った「北里文庫」。現在は、北里の遺品やさまざまな史資料を展示している。