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神獣・亀蛇が舞い踊る「八代妙見祭」

九州三大祭りの一つ「八代妙見祭」の魅力をご紹介します。

写真で見る八代妙見祭

細川忠興が復興した一大祭り

「八代妙見祭」は、「八代神社妙見宮」の秋の大祭です。その由緒は天武天皇の治世である白鳳9年(680)、中国大陸から亀蛇の背に乗った妙見神が鎮座したことからと伝えられています。16世紀にはすでに祭礼が行われていた記録が残っており、後に細川忠興(ただおき)が妙見祭を復興し、今日の神幸行列の原型を作りました。忠興が復興に力を入れたのは、八代神社妙見宮の神紋と細川家の家紋(九曜紋)が偶然にも同じであり、「不思議の因縁」を感じたためといわれています。
やがて町衆によって祭りは守り継がれ、「塩屋八幡宮」と「八代神社」の間を練り歩く江戸の時代絵巻さながらの神寺行列を、今も見ることができます。
祭りの見どころは、毎年11月23日に行われる「お上(のぼ)り行列」。チャルメラが鳴り響き、銅鑼(どら)が打ち鳴らされる中で舞い踊る獅子をはじめ、奴(やっこ)、木馬(きんま)、笠鉾(かさほこ)、亀蛇、飾り馬などの行列が約1キロメートルも続きます。フィナーレは、砥崎の河原。水しぶきを上げて走り回る亀蛇は迫力満点。客席へ飛び込んでは、大きな歓声を巻き起こします。祭りの花形である亀蛇は、地元では「ガメ」の愛称で親しまれています。


「八代妙見祭」が始まったのは今から380年ほど前のこと。地元では、妙見宮のことを親しみを込めて“妙見さん”と呼びます。古くから鎮座する“妙見さん”は“八代の先祖”。いつも身近にいて当たり前、町にとって欠かせない存在です。“妙見さん”のお祭りを通して町を活性化していこうと振興会を立ち上げました。
数年前、今から約200年前に描かれた妙見祭の絵巻が新たに発見され、当時の祭りの様子を知ることができたんですよ。ならば、その通りに復元してこそ、本当の祭りの姿。町全体でそういう意識を高めることが、次世代へと伝統を受け渡す大きな力になると、行政と力を合わせて、後継者育成にも取り組んでいます。
国重要無形民俗文化財として高い評価を受けた笠鉾は、200個もの部材を毎年組み上げては解体保存しています。昔はその手順も、補修の技術も、すべて口伝(くでん)で受け継いできました。宮大工の技と織物の技術などを持つ人がいなければ、伝承もできない。昔と変わらない祭りを維持するには、受け継がれてきた技と心を持つ後継者が一番大切なんです。

毎年、神幸行列が行われる11月23日は、私たちにとって“大みそか”。また次の祭りに向かって、準備が始まります。笠鉾や亀蛇、飾り馬などの神幸行列は男たちの晴れ舞台。その裏方では奥さんたちが炊き出しや衣装の着付けなど、見えない土台をしっかりと支えているんです。誰に教わらなくとも一人一人に町を支えようとする思いがある。それが八代イズムといえるのかもしれませんね。だからこそ380年間も受け継いでこれたのでしょう。
伝統や風土だけでなく、そこに住む人もまた文化なんです。町や祭り、そして人の良さは、よそには決してない八代ならではの文化。それを全国へ発信して、町全体を活性化することが目標の一つですね。 また、市内の小学校を訪問して、亀蛇などに触れ合ってもらい、“妙見さん”を身近に感じてもらったり、立ち付け袴(はかま)をはじめとする祭礼衣装の着付け講座を開催しボランティアスタッフを育成するなど、八代市全体への働き掛けも行っています。
私たちには歴史と伝統を守り、形を整えて、50年、100年、500年と次の世代へと受け渡す使命がある。ぜひ「八代妙見祭」で私たちの心意気を感じて欲しいですね。

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