TOPページ > 球磨の山々が育んだ伝統 一勝地曲げ

曲げ物とは、ヒノキやスギの薄い板を丸く曲げて、桜などの樹皮でとじ合わせる木工品で、古くからおひつやおけ、柄杓(ひしゃく)など、生活用品として使われています。
「一勝地曲げ」のふるさと・球磨郡球磨村では、かつて多くの職人が“曲げ物”を作っていましたが、今ではたった一人の職人が受け継ぐのみとなりました。
原木を1年ほど寝かせて十分に乾燥させ、板木にしてさらに1年。それから製材や裁断と素材を作るまでにも数年かかるという気の長い作業。そうして薄く仕上げたヒノキを熱湯で煮て曲げ、板の端部分を山桜の樹皮で縫うようにとじ合わせていきます。
また、ふたと底板にはスギを使うため、その柾目(まさめ)と“曲げ”のコントラストの美しさも「一勝地曲げ」の魅力です。白木で仕上げた滑らかな肌は、地元の山々から切り出された良質な材木があってこそ。
人吉球磨地方の豊かな自然美が「一勝地曲げ」を育んできたのです。

側面の曲げの部分に、水に強くて腐りにくく殺菌効果のあるヒノキを、天板と底板には余分な水分を外に出す一方で適度な保湿もするスギを用いる。そのため、ご飯は冷めても艶があり、おいしくいただける。

初めて「一勝地曲げ」を見て、「木がこれほどまでに美しい曲線を描くのか」と衝撃を受けたのが25歳のときでした。完全に一目ぼれです。当時、建築の仕事をしていましたが、職人をしていた妻の祖父に弟子入りし、修業を始めました。それからというもの、「一勝地曲げ」を知れば知るほどほれ込んでいきましたね。
何よりも完成するまでの過程が面白い。私は、自分自身が道具の一つだと思っています。木に向き合い、木の呼吸に合わせて大切に作ると、必ず良い物ができる。結果は、決して裏切らないんですよね。完成品を眺めながら、木の香り、柔らかい質感、先人たちの知恵などそのすべてを感じる瞬間が一番の幸せであり、「一勝地曲げ」づくりの最大の魅力ですね。さらに、それを使ってくださるお客さんの「仕上がりがやさしいね」「ご飯がおいしいよ」といった声を聞くと、まさに職人冥利(みょうり)に尽きます。五感に響くものを作りたいという原動力です。

私は、“日本文化”というのは、“人の心”だと思っています。何を見て、どう感じるのか。それが今の時代、希薄になっていると思うんですね。例えば、子どもたちも物づくりの現場を知りません。私の工房に体験に来る地元の子どもたちは、「こんなところで、そんな風に作っているの!?」と目をキラキラ輝かせて聞くんです。今は、誰がどう関わって、どういう工程で作られているのかがわからない物が多い。そこに作り手と使い手の“心”が存在しないため、物を大切にできないのではないでしょうか。それでは、“日本文化”自体が薄っぺらになってしまうと私は思うんです。
「一勝地曲げ」は手作りで、手間を惜しまない。使い手も“使い終わったら、洗って拭いて陰干しをする”という一手間を惜しまなければ、何十年も使い続けることができる品物です。心の豊かさとは、ちょっとした“一手間”の陰に隠れていて、しかもほんの身近に存在するのだと感じてもらえるとうれしいですね。

  1. ヒノキやスギが植栽された山々の間を、球磨川が流れる。球磨村の自然から「一勝地曲げ」は生まれた。
  2. 「一勝地曲げ」のひな人形。袖の部分の曲げにヒノキを使用し、しなやかな袖を表現した。
  3. 自分に合う道具を手に入れることが職人の第一歩。そしていかに手入れをしていくかで仕事の楽しさも変わるという。
  4. 木を煮るときに使う釜のふたの上に、お神酒を捧げるという淋さん。「『曲げがうまくいきますように』と祈るんです」。

「一勝地曲げ」など、熊本の工芸品はホームページでも販売されています。

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