TOPページ > 運航開始から37年 人々の日常を支え続ける「博洋丸」

昭和50年(1975)、通勤・通学のために運航が開始された「博洋丸」は、戸馳(とばせ)島と三角東港を結ぶ宇城市営の渡し船です。かつて「ポンポン船」という名で親しまれたその船は、自動車の増加に伴い利用客が減少したものの、現在も人々の日常に欠かせない大切な交通手段となっています。
何とも言えない郷愁を誘うのは、創業当時と変わらぬ姿で、穏やかな海を走る姿。レトロな船体が、目的地に向かってゆっくりと走る姿もまた「ポンポン船」という名前がぴったり。最近では、「博洋丸」が焼酎会社のCMに登場するなど、その存在が大きくクローズアップされ、人々の注目を集めています。

甲板に並ぶ手作りのベンチ、古びた料金箱、そして、進水日と名前が刻印された風格の漂うプレート。今では、昭和時代から時が止まったようなノスタルジックな風景を一目見ようと、北海道から見に来る人もいるそうです。
「博洋丸」には、めまぐるしく変化する世の中にあっても決して変わらない風景が存在します。

私は、漁師をしたり、石炭を船で運ぶ船乗りでした。縁があって、平成22年から「博洋丸」の運航を任せていただいています。実は、「博洋丸」が運航し始めたころも、一時期勤めていたんですよ。当時は、戸馳島に花を運ぶための車も乗せていたし、学生さんもよく利用していたのでにぎわっていましたね。
しかし、車を使って橋を渡る人が増えたり、戸馳島にあった国立療養所が三角側に移動すると、利用者は随分減ってしまいました。
利用者が減ったとはいえ、この船は貴重な交通機関。買い物や通院のほか、現在でも通学に利用する学生さんもいますよ。皆さんの日常を守るため、よほどの悪天候でない限り、365日、1日も欠かすことなく運航しています。

私は運転席にいるので、なかなかお客さんと話せませんが、常連さんの中には、出発時に、陸と船を結ぶ綱を一緒に手伝って取り外してくれる方もおられます。
何時に誰が乗るかも大体わかってくる。その時代、その時代の人々の何気ない日常が、この船には染み付いているんですよ。
船を大事に乗り続けるために、船体のチェックは欠かしません。また、雨風が強い日は、流されないように船を縄でぐるぐる巻いて陸とつなぎ、風が落ち着くまで船番をしているんです。この船を必要としている方が一人でもいる限り、これからも「博洋丸」を守り続けます。