震災の傷あとを癒やし安全・安心のくまもとで生きる
 平成23年3月11日、東北にそして日本に未曾有(みぞう)の被害をもたらした東日本大震災。多くの人が、生活の基盤を揺るがす状況に置かれました。情報の入手さえも困難な中、情報共有や安否確認をしようと、「ツイッター」などのソーシャルネットワークサービスを通じてつながり合う人々がいました。当時、神奈川県に住んでいた菊池真人さんも「ツイッター」を利用した一人。妻の良子さんと「ツイッター」を通して震災に関する情報を収集する中で、人生を左右するような出会いがあり、熊本への移住を果たしたのです。


 相模湾を望む茅ヶ崎市で、郵便配達中に突然起きた大きな揺れを感じた真人さん。体が揺さぶられ、電柱が動き出したようにさえ見えた巨大な力は、真人さんの心に大きな傷あとを残しました。「とにかく怖い。余震も続き、絶え間なく鳴り響く地震や津波の警報を知らせる警告音さえも恐怖でしたね」。さらに不安を募らせたのは、福島第一原子力発電所の事故でした。地震や津波といった直接的な被害とは異なる、目に見えない放射能の恐怖。どうしたら安心して生活できるのか、と苦しんでいたそのときに、被災者の避難相談所「ゼロセンター」を設置し支援に取り組んでいた、熊本市在住の建築家・坂口恭平さんと「ツイッター」を通して知り合ったのです。

 とにかく坂口さんに会いたいと思い熊本へ一泊二日の旅に出た二人。「ゼロセンター」を訪れ、熊本に被災者支援の住宅があることを知りました。すぐに仮契約を結び、2カ月後には熊本へ引っ越しました。良子さんは「熊本を訪れて、坂口さんをはじめとする地元の人々の善意を知ったこと、そして私たちの思いをしっかりと受け止めてくださったことが、大きな後押しになったんです」と語ります。その後まもなく、同じ住宅には、東北はもちろん関東から避難者が相次ぎ、思いを共有する仲間も増えていきました。

 多くの避難者同士のつながりを築きつつある菊池さん夫妻。二人にとって、熊本はかけがえのない「安全・安心の地」。移住から半年、周囲の人々の温かい支えと自然あふれる豊かな生活環境を体感し、「一生、熊本で暮らそう」と決めました。良子さんの願いでもある自給自足の暮らしを求め、県内で第二のふるさとを探し歩く二人は、熊本のこと、被災地のこと、そして日本全体のことに思いをはせながら、熊本で新たな生活を歩み始めています。

取材ノート

熊本就労支援・UIターン

熊本県移住・定住ポータルサイト

菊池真人さん 良子さん

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